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気鋭のオタク現代アーティスト・池内啓人さんが創りだす、「もう一つの未来」 Vol.4

池内啓人

造形作家

1990年東京都生まれ。造形作家。多摩美術大学情報デザイン学科卒。卒業制作としてパソコンとプラモデルを組み合わせたジオラマ作品を作ったことがきっかけとなり、文化庁主催の「メディア芸術祭」や世界最高峰のメディアイベント「アルス・エレクトロニカ」に招待され、国内外で高い評価を受けているジオラマ造形作家。

摸型とデジタルガジェットを掛け合わせ、未来的な異世界を創りだすクリエイターがいる。造形作家の池内啓人さんが創りだす作品は、レトロフューチャーを思わせるものやアニメを具現化したものなど、「SF魂」がときめくものばかり。しかも「普段使い」ができるモノとしても機能している。モノがどんどんシンプルになっていく時代に、あえてメカっぽさを強調し、実現しなかった「もう一つの未来」へと逆行しているかのよう。異端なクリエイターの、創作への思いを全6回にわたってお届けします。

昔の人が想像した未来

アニメの影響を感じる一方で、剥き出しのメカっぽさのせいか、『ブレードランナー』や『マッドマックス』といったサイバーパンクの世界観を想起します。

実は『ブレードランナー』は見たことがなくて、創作をはじめてから知ったくらいなんです。だけど、カーデザイナーとして参加しているシド・ミードは『∀ガンダム』のメカデザインに参加していたので以前から好きでした。そんなふうに間接的に『ブレードランナー』の影響を受けているように思います。あの作品から派生した『攻殻機動隊』や『バブルガムクライシス』からは直接的に影響を受けていて、『メタルスキンパニック MADOX-01』など80年代のアニメが非常に好きなんですよね。

かつてのSF作品は、日常の中に普通にメカがあるといった描写で近未来を表現していたわけですけど、今はスマホやタブレット端末など、逆にメカっぽさを見せないデザインが主流になってますよね。だけど池内さんはあえてメカっぽさを強調する。未来的なんだけど、現実とはまた別の『もう一つの未来』といった不思議な感覚があります。

昔の人が想像した未来像に惹かれるんですよね。小学生のときから『バブルガムクライシス』や『イヴの時間』といったサイバースーツやロボットが出てくるアニメをずって見てきたわけですけど、僕が大人になったとき、そういうモノが普通に出てくるものだと思っていたんですね。だけど現実はそうはならず、スマホやiMacが進化して、どんどんモノが形をなくしていく方向に進んでいきました。今ではもうデスクトップPCなんて絶滅寸前ですよね。

デバイスにあらゆる機能が集約されることで、一個のモノとしての主張はなくなりつつありますよね。だけど本来、モノって自己主張のアイテムだったと思うんです。たとえばウォークマンやiPodがある時代なのに、あえてストリートファッションとして80年代風のデカいラジカセを持ち歩いてみるとか。

昔のSF作品を見ると、テレビ電話のシーンを描くにしても、原子力装置でも入っているようなアタッシュケースをパカッと開けて、空間にホログラムが投影されるといった映像がよくありましたけど、今はカードくらいの大きさのスマホで済んでしまいますからね。僕が想像していた未来像というのはもっとメカっぽい世界だったので、まったく別の方向に行ってしまったことがちょっと寂しいと感じてます。それもあって、模型のパーツを使って自分が思い描いていた未来像を再現しようと思ったんです。

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80年代がむしろ新鮮に映る世代

『バブルガムクライシス』は1987年に発表された作品ですので、1990年生まれの池内さんが影響を受けているというのも不思議な気がします。今、80年代のアニメやファッションのリバイバルブームが来てますが、当時を知る世代からすると、ビミョーに古くてダサイという印象もあるんですが、池内さんはどんなふうに80年代をとらえているんですか?

その頃まだ生まれてなかったというのが、80年代に惹かれる一番の理由だと思いますね。物心ついた頃には「昔バブルという時代があってね」という話を聞かされて、その時代に対する憧れがすごくある。古臭いという印象はなくて、逆に未知のものとして感じていると思います。ケータイもバブル期のものは、アンテナを立てて電波を受信して、ボタンも一つ一つあってという形状で、電話機としての機能がすごくわかりやすかったですよね。僕らの世代からすると、それがむしろ新鮮なものとして映ってるんです。

カルチャーでいうと、どのあたりに惹かれているんですか?

アニメに関していうと、60年代の『鉄腕アトム』や70年代の『宇宙戦艦ヤマト』は、当時の科学技術が追いついてなかったせいもあって、メカの考証の部分が想像の域を出ていなかったと思うんです。たとえば『マジンガーZ』の内部構造の図解にしても、テキトーに描かれていて嘘の部分もあります。あくまで人間ドラマがメインで、技術的な考証はあまり重視されていなかったと思うんです。それが80年代に入ると、ウイリアム・ギブソンの『ニューロマンサー』(1984年)が出てきたようにサイエンス・フィクションが説得力あるSFになっていくんですよね。映像面で言うと、当時のアニメはセル画全盛期で、90年代に入るとデジタルになりはじめるわけですけど、デジタルになる直前の手作業の雰囲気に惹かれているんだと思います。

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