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「僕は、具象彫刻家」 松田光司氏スペシャルインタビューVol.5

松田光司

彫刻家

1965年 愛知県春日井市に生まれる。具象彫刻家。東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。1989年 サロン・ド・プランタン賞(東京藝術大学、卒業制作展)、新作家賞(東京都美術館、新制作展)を受賞。2001年 ルーヴル美術館提携NPO(特定非営利活動法人)グラン・ルーヴル・オ・ジャポン理事就任(2008年より「日仏子供ヴィジョン」に名称変更)。2014年 箱根駅伝90回記念モニュメント「絆」(読売新聞東京本社・東京都千代田区大手町)をはじめ、全国40ヶ所以上に作品が設置、収蔵されている。

彫刻家の1日、ヘラの置き所

ところで、アトリエではいつもどんなふうに制作を始められるものなんですか。

依頼仕事がある時はなるべくそちらを優先しますが、毎朝アトリエに入る時まで、何を制作するのかは決まっていません。アトリエに入るまでは「あれをやろう」と思っていたのに、ほかの作品を制作するということは、しょっちゅうありますね。作品に「今日は僕をやって」と呼ばれるというか、無意識にヘラを持って、制作が始まります。

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1日の過ごし方は、どんな感じですか。

家族がいるので、7時30分までには起きますね。朝ごはんを食べて9時くらいになるとみんな出ていくので、それからが制作の時間です。コーヒーを持ってアトリエに来て、パソコンの前に座って、メールやfacebookのチェックをします。それからなんとなく制作を始めて、だいたい12~13時の間にお昼ご飯を食べます。1時間くらい休むこともありますけれど、5分で食べてアトリエに戻ってくることもありますね。18時くらいになると妻や子供が帰ってきますので、夕飯を食べます。

規則正しいんですね。

夕飯を食べた後に制作することもありますが、あんまり深夜はやらないし、徹夜はしない。明日も絶対仕事したいから。この仕事って徹夜で終わらせる仕事じゃないんですよ、毎日続けるものだから。それに、作品をちょっと寝かせたいし、作品を見ていない時間も作りたいんです。それがあることによって客観視できるようになるし、何かを熟成させているんです。ずっと作品を見ているだけで、手を出さない時間、見ることによって対話する時間、それがないと良くならないんですよ。

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改めてお聞きしたいのですが、松田さんにとって、彫刻ってどんなものですか。

ひとつのエネルギー体。自分の分身であり、自分のエネルギーを封じ込めたものが彫刻だと思ってる。僕のエネルギーが、バン!と100パーセント出たもの、という発想でやっています。体の中に、何かエネルギーがあって、ぐっと出たがっているぞ!という感じ。松田光司というフィルターを通して出たがっている作品があるというか。作品が「僕、ずっと順番待ちしてきた。そろそろ出たい。今出たいから、出させて」って言ってくる。だから「今出してあげたい」と思って作る。その繰り返し。

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そのエネルギーは、どこから来るものなんでしょうか。

上(天)から降りてくるものですね。出したくて出したくてたまらないようなエネルギー体が上から降りてくる感覚があるんだけど、実はその元になっている種は10年前とか20年前に蒔いたものかもしれなくて。僕は彫刻家として生きているので、(体内のどこかに)目には見えない種を植え続けているんです。彫刻家の視点でものを考えて、常に種を見つけて植え続けているので、いつ発芽するかわからない。花が咲く、実がなる、というのは何かのきっかけがあるからであって、自分の中にないものって出せないわけじゃないですか。逆にきっかけを与えられないから、出ていないという種もあるだろうし、ずいぶん昔に植えた種が今出ているということもあると思う。

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松田さんのエネルギーを「彫刻」という形にして見せている、という解釈で合っていますか。

わかりやすい話にすると、「一枚の布」という、結構長く続けているシリーズがあって、布の渦の中心に人がいるのね。それをやっているうちに、布って意外と表情が出るなと思った。布って不思議な存在で、エネルギーが目に見える。たとえば風も、旗があれば、その動きが見えるようになるでしょ。水も、布を浮かべると形がより見えるようになる。本来は形のないエネルギーを見える形にしてくれる媒体が布。

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布って、いかにも制作が難しそうですよね。

僕にとっては楽しいだけなんだけど。要は、ものすごい高等数学って、やっている時は大変だけど、解けた時は楽しい。僕の中で「難しい」イコール「楽しい」なんですよ。夢中になっているから土日に休むとかそういうこともなくて、気付いたら6か月、1日も休んでいなかったということもあります。

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6か月、お休みなしですか!......ところで、彫像というのは完成形をイメージしないと作れないものだと思うのですが、どうやったら新しい作品をイメージすることができるものなんでしょうか。

作品を1個出すと、次の作品のイメージができるんです。自分の作品に自分自身が触発されるから、作っている間に、次はこんな感じにしたいなと考える。いろんな作品がありますが、僕の中では順番に、これが出たからこれ、というのが明確にあります。たとえば、この「卵シリーズ」は、ほぼ同時に思いついたんですよ。「卵に人が乗っていたら面白いな」という発想でまず1個作って、「これで卵がなくなったら面白いんじゃないかな」という発想で次の1個を作った。

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そう言われると、なるほど、と思います。では逆に、画家の「筆の置き所」ならぬ、彫刻家の「ヘラの置き所」はどのように訪れるものなんでしょうか。

粘土ってね、創造と破壊だから。延々と、最後の最後まで、壊して作って、壊して作って、を繰り返す。壊すイコール作る、なんですよ。それを繰り返しているうちに、自分の価値基準で「100」を超えたものになるんです。それは他人から見た時には「50」や「200」かもしれないけれど、「今の自分が持つすべてのものは伝えきった」と思う時が来ます。ちなみに、ヘラは基本的に1本しか使わないですね。時々もう1本使うけど、1本で何でもできます。

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こんなに繊細な彫像を、たった1本のヘラで作られているんですか。

彫刻の作り方についてはブログでも少し書いていますので、関心がある方には読んでいただければと思います。

それでは最後に、愚問かもしれませんが、こんな質問をさせてください。彫刻家にならなかったら、どんなことをしていたと思いますか。

彫刻家にならなかったら、ということは考えたことがないんですよね。「美大出ました、それなりに才能はある」という人はたくさんいると思いますが、なんと言っても、本当にやりたいこと、本道で継続する努力、ですよね。才能を持っていたとしても、それを出せる環境がなかったら宝の持ち腐れです。僕がどんなに彫刻を作りたくても、ここにアトリエがなくて、道具がなくて、粘土がなければ作れないわけじゃないですか。本当に作りたいものを作れる環境を、物理的にも精神的にも守ってきましたね、僕は。

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お話を伺っていて、松田さんはまさに彫刻家になるべくして生まれてきた方なんだなあと思いました。それから、うまく言えませんが......なんだかものすごいエネルギーのようなものをいただいた気がします。本日は大変貴重なお話を聞かせていただき、誠にありがとうございました。

おわり