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SPECIAL

「僕は、具象彫刻家」松田光司氏スペシャルインタビューVol.1

松田光司

彫刻家

1965年 愛知県春日井市に生まれる。具象彫刻家。東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。1989年 サロン・ド・プランタン賞(東京藝術大学、卒業制作展)、新作家賞(東京都美術館、新制作展)を受賞。2001年 ルーヴル美術館提携NPO(特定非営利活動法人)グラン・ルーヴル・オ・ジャポン理事就任(2008年より「日仏子供ヴィジョン」に名称変更)。2014年 箱根駅伝90回記念モニュメント「絆」(読売新聞東京本社・東京都千代田区大手町)をはじめ、全国40ヶ所以上に作品が設置、収蔵されている。

とつぜんですが、「彫刻家」と聞くと、どんなイメージを持ちますか?
「厳しそう」とか「全然しゃべらない」とか、そんなイメージを持っていたBe-ars編集部は、松田光司さんにお会いしたところ、そのイメージが一変しました。

松田さんは東京藝術大学在学中に彫刻の仕事を受けて以来、51歳になる現在まで彫刻一筋で活躍してきた、日本でも指折りの具象彫刻家です。ご縁があってアトリエ兼ご自宅にお邪魔したところ、幼少期に考えていたことから藝大時代の武勇伝、作品や仕事に対する姿勢、さらには1日の過ごし方まで、本当に貴重なお話を聞かせていただくことができました。

彫刻家が発する言葉のひとつひとつから、非常に強い意思のようなものが伝わってきた、今回のインタビュー。ご本人の声が、できるだけダイレクトに伝わるように努めました。全5回でお届けします!

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彫刻家であり続けるために

この度は取材をお受けいただき、ありがとうございます。しかも、アトリエにお邪魔させていただけるとは......玄関にも、棚にも、作品がいたるところに飾られているんですね。

もう置く場所がないくらいありますが、今は同時進行で、6つ作っています。

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えっ、同時進行ができるものなんですか? 彫刻家の方って、ひとつの作品とずっと対峙している......というイメージがあったのですが。

僕は、あえて同時進行しています。つまり、「今これだけを作ってます」イコール「絶対、主観的」になるんです。でも主観だけで作ったものって、必ず直すべきところがあるんですよね。だから制作の最中に客観視するために、ほかの作品を同時進行で制作するんです。自分の作品も、少し時間が経ってから見ると、他人の作品のように見えるというか。常に、最低でも2つは同時進行していますね。

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そういうものなんですね。松田さんは東京藝大を卒業されてから今に至るまで、彫刻一筋で活躍されているわけですが、現在はどのようなお仕事をされているのか、教えていただけますか。

僕は現在、4つのギャラリーから、それぞれ2年おきに声を掛けていただいて展示をやっています。今年はそのうちの1つが開催されて、来年は3つが開催される、という感じです。さらに不定期で、デパートの三越さんや高島屋さん、東急さんが声をかけてくれるので、去年は5回、個展をやりました。平均すると年2~3回、というペースですね。こういうアカデミックな具象彫刻では、3~4年に1回個展ができればいい、という感じなので、本当に有難いことだと思っています。

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宣伝や、作品を売るというところは、お任せしているんですね。

僕は彫刻を作りたいだけなので、それ以外のところはやりません。彫刻だけやっていたいから。彫刻家って、そうじゃないと。彫刻家は「彫刻家になれました。完結」じゃないんです。僕は「彫刻家である」という状態を保つために努力し続けていて、「彫刻家であること」をずっと選択し続けているんです。彫刻家として生きていこうとしたら、1分1秒を彫刻家として生きていこうと思ってないと、明日には彫刻家じゃないんです。思い続けていないと、一瞬で違う道に行っちゃいますね。

「彫刻家である」ことを選択し続けている、ですか。

単純に言ってしまえば、僕は彫刻を作りたいだけなんですよ、有名になりたいとか、売れたいとかじゃなくて、彫刻を作りたい、というだけの道、それが「本道(ほんどう)」です。僕にとって必要なものは、僕がまっすぐ進んでいれば来てくれます。逆に脇道にそれると、彫刻家を探している人にとっても探しづらくなりますよね。

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松田さんの「本道」は、彫刻を作ることなんですね。

今51歳なんですけど、彫刻家になるまでの20年間って、なんだったんだろう?って感じです。0歳から20歳までは、人として生きるのに慣れるための20年。20~40歳までは、彫刻家として生きていけるようにするための20年。40~60歳は、彫刻家として世に出ていくための20年、だと思っています。

松田さんのお言葉は、ひとつひとつが明確で、非常に強い意志のようなものが感じられます。昔から、そうなんですか。

いや、それがね、僕、彫刻を始めてから変わったんですよ。大学入った時に、いわゆる水を得た魚状態になったの。「ああ、ここだ!」って、すっごい解放感があった。それは「藝大に入ったから嬉しい」じゃなくて、「やっと本来の世界に足を突っ込めた!」って感じ。やっと、彫刻だけをやっていい世界に入れたんだって、嬉しくてしょうがなかった。彫刻家になるまでは、苦しい時は苦しかったし、勉強もつまらなかった。でも彫刻家になってからは、難しいことが楽しくて、辛いことも「課題だ」と思えるようになった。

彫刻を始めてから、考え方が肯定的になったんですね。

そう。あと、上京してすぐ胃潰瘍になって、病院の先生に言われたことも大きいかな。「胃潰瘍は薬で簡単に治るけど、精神的にポジティブじゃない人は再発しちゃうから、できれば考え方を変えたほうがいい」って。その一言で変わっちゃったの。「そっか、じゃあ楽天的な感じでいこう」と思ったら、本当に変わっちゃって。

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では逆に、彫刻に出会うまでのお話を聞かせていただけますか。

今と全然違うから、信じてもらえないかもしれないけど。